音速の飛行機コンコルドの特集です。

コンコルド

かつて、人類の夢であった「空を飛ぶこと」は飛行機やヘリコプターや気球といった、航空機の発明によって叶えられました。しかし、人類は更なる夢を見ました。それは「何よりも速く空を飛ぶこと」でした。その夢の結晶であり、航空史にその名を刻む金字塔「コンコルド」について解説します!


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コンコルドとは?

1950年代から1960年代にかけて、世界は超音速旅客機の開発に鎬を削っていました。超音速とは、音の伝わる速さである秒速343m(時速に換算すると1225km/h)を越える速度のことです。当時は速さを求めた挑戦が最高潮に達していた時期だったのです。そんな中で登場したのがコンコルドだったのです。


超音速旅客機の難しさ

コンコルドをはじめとする超音速旅客機において、最大の障害となったのが「空気抵抗」でした。音速に達することで生じる強烈な空気抵抗は、挑戦した機体をことごとく打ち破ったことから「音の壁」と呼ばれるようになりました。この「音の壁」を越えることこそが超音速旅客機実用化の最大の条件だったのです。航空力学に基づく理想的な機体形状の追求と、機体に使用する素材の選定などによって、この「音の壁」は破られ飛行機は超音速の時代を迎えたのです。


コンコルドの名の由来は?

コンコルドは、イギリスとフランスの共同によって開発された超音速旅客機です。1962年まではそれぞれ独自に超音速旅客機の開発を行っていたのですが、1962年以降からは互いの計画を共同で行っていく方向に転換しました。このため、フランス語で「協調・調和」の意味を持つ『concorde』と名付けたのです。


コンコルドの革新性とは?

コンコルドを語る上で外せないのがその特徴的な三角(デルタ)翼です。これは、航空力学的には「オージー翼」と呼ばれるデルタ翼の特徴を活かした翼なのです。デルタ翼は超音速飛行を行う上では理想的な形状なのですが、離陸時の低速かつ大仰角(上向き)には向かないという特性を持っています。そこで、オージー翼はこの低速・大仰角の際の飛行を改善しているのです。つまり、オージー翼は旅客機として理想のデルタ翼なのです。また、鶴の口ばしのような機首もコンコルドの特徴の一つですが、これは離着陸時の視界を確保するために必要な角度を付けた形状なのです。0


コンコルドが狭くした世界

一般に、交通手段が劇的に改善され移動時間が短くなることを「世界が狭くなった」と言います。コンコルドもまた世界を狭くした交通手段の一つだったのです。


空から消えたコンコルド

しかしコンコルドは、2003年10月24日に全ての営業運行を終了し空から消えてしまいました。コンコルドには幾つかの問題点があったことがその原因となったのです。そのコンコルドの問題点とは一体なんだったのでしょうか?


超音速を越えた弊害・ソニックブーム

超音速旅客機が航空機の主流足りえなかった原因の一つがこのソニックブームです。ソニックブームは超音速で飛行する飛行機に機体が発生させる衝撃波による現象で、爆音や窓ガラスを割るといった被害を起こします。このソニックブームを避けるため、コンコルドなどの超音速旅客機は、成層圏ぎりぎりの高度で飛行しているのですが、この飛行高度もオゾン層の破壊に繋がると考えられ、超音速旅客機の普及を妨げていったのでした。


速さを求めた弊害・限定された離着陸できる空港

コンコルドの最大の特色である超音速飛行には、長い滑走距離を必要とすることがコンコルドの普及を妨げた原因の一つです。飛行機は、揚力を得て離陸するためにはどうしても滑走距離が必要になるのですが、超音速旅客機はどうしてもその形状ゆえに通常のジャンボジェットなどに比べて長い距離を必要とするため大きな空港にしか就航できないという欠点があったのです。これに加えて、前述のソニックブームの問題があったことで敬遠する空港も少なくなかったのがコンコルドにとって大きな妨げになったのでした。


燃料費・維持費を支える旅客運賃の高騰

また、コンコルドは超音速飛行に適した超流線型の形状をしていたことから最大乗客数が100人までとなったこともコンコルドの普及を妨げた要因の一つとなっています。一回の飛行で搭乗できる人数と貨物を多くすることでリーズナブルな料金を実現したジャンボジェットに比べても、コンコルドの運賃は非常に高いものになってしまうのです。また、1970年代に発生したオイルショックによる燃料費の急騰もこの運賃の高額化に拍車を掛けていたのです。


コンコルド錯誤

こういった問題点が積み重ねられたことによって、コンコルドは「航空機の次の主流」ではなく「高嶺の花」として航空業界に君臨することになってしまいました。実際のところ、コンコルドを開発した会社ではこういった問題点の浮上以前に、コンコルドは商業的に失敗することがある程度わかっていたと言われています。しかし、会社の面子やそれまでに行った投資の額などを考慮した結果、「会社が傾いてでもコンコルドの開発を続行させる」という結論を出すことになったのです。こうした「失敗することがわかっていても、損失を認めたくないが為に投資を続けてしまう」状態を「コンコルド錯誤」と呼びます。


コンコルド墜落、コンコルド最期の時へ

そして1976年の就航から24年目の2000年7月25日、フランスのシャルル・ド・ゴール空港を飛び立ったコンコルド、エール・フランス4590便は離陸直後に主翼が炎上しシャルル・ド・ゴール空港から6km先のホテル付近に墜落、付近の住人4人と搭乗者109名全員が犠牲となる大惨事を引き起こしてしまいました。原因は、『4590便が離陸する前に同じ滑走路を使った航空機から脱落した金属片がコンコルドのタイヤを破裂させ、タイヤの破片がぶつかった衝撃で主翼内部の燃料タンクを破壊した』ことだったと報告されています。前日にはイギリスで「コンコルドの尾翼の損傷が見つかった」と発表されていたことなどもあり、コンコルドは燃料タンク周りをはじめとする改修作業に入ったため一年以上の間空から姿を消すことになります。そして2001年11月に路線復帰を果たしたのですが、9.11の影響を受けた航空不況とかねてからの収益難を理由に、2003年10月24日を最後に超音速旅客機コンコルドは世界の空から姿を消したのでした。


現在でも現役の超音速の飛行機は、ほとんどが戦闘機です。しかし、超音速飛行可能の飛行機の研究は今でも継続されています。いつか、コンコルドの血を引く超音速旅客機が空を舞う日が来るのは間違いありません。


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